イケハヤさんの 新世代努力論 をよんだよ

ども「つなぎ」です。

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ブロガーとして、超有名人である、イケハヤさんの「新世代 努力論」を読みました。

 

5つ、勉強になりました。

 

 

①高度経済成長期を経験したひとたちと、いまはちがう

 

 

社会の構造がちがうのだから、わたしたちの価値観や、信じているものも、変えなければならないとおっしゃっています。

確かに、親や親戚や、オトナと呼ばれる方々からのアドバイスって、”こうしておけば無難”説がちょうツヨイですよね。

 

自分達の経験や見聞きしたことから、ワカものや子どもに言っているのでしょうけど、そもそもその前提となる社会がちがっていたら、意味ないですよね。

 

 

②にほんが、平等社会だというのは、うそ。

 

 

OECDのデータを出して、客観的に、日本が、平等社会でないことを伝えています。

たしかに。

 

自分も、地元の公立中学と進学校の都立高校では、生きている世界がちがうなって感じました。

 

”ふつう”がちがうんですよね。

 

中学までは、教科書が終わらないのが、当たり前なのに、高校のクラスメートのいた中学では、それは当たり前でなかったり。

 

あと、ピアノをやってたり、親が先生や公務員であったり、父親がたくさん稼いでいるので、母親は専業主婦だったり、高校では、ちがってましたね。

 

中学と高校は、たかだか10Km しか距離がないのに、格差がひどいもんだっとはよく思いました。

 

③社会的に成功しているひとたちは、自分達の努力や苦労で成功したと思っているが、環境にめぐまれていただけ

これめっちゃ思いました。

自分たちがエリートだとか、社会的に上位層にいるってことに気づいてないんですよね。

まあ、私立中学や、優秀な公立中学に行ってしまうと、それが当たり前に感じるようです。

逆に、荒れてる地元公立中学に行くと、その荒れてる状態が”ふつう”になるんですよね。

 

このへんのギャップとカルチャーショックは、中学→高校で、学力的に差のところに行っていた方は経験があるでしょう。

 

 

 

④自分が努力できる、マインド・自信・環境があること自体が、恵まれている。よって、それは、自分の努力で、成功したわけではない

 

環境は、365日24時間いつも、めぐりにめぐってきます。で、気持ちや自信て周りからもらうもんです。

 

高校のとき、「つなぎ」としては、自分の通っていた高校を進学校と思っていたのですが、同級生で、親戚や家族が、東大や国立医学部に行っているようなやつは、自分自身のことを「おちこぼれ」と行っていました。で、それを多少まじで信じてるんですよね。

で、結局かれは、大学受験には自信があったようで、現役で慶應SFCに行きました。

 

「つなぎ」は、「慶應?無理ゲーでしょ。俺の友人や知り合いで誰ひとりとして、慶應みたいな良い大学行っている人いないし…」って思ってたんで、案の定、浪人しました。(泣)

 

彼と自分では、環境からくマインド・自信が違ったので、結果、大学受験で差ができたのでしょう。

 

 

 

 

 

 

⑤逆に、失敗したり、成功しないのも、自分の責任ではない。環境のせい。

 

この言葉に、救われる読者の方がいっぱいいらっしゃると思います。

 

⑥いけはやさんの、ひらがなやカタカナの使い方がうまい

 

これまじで思いました。

新聞記事や作文、論文なんかとちがって、すご~く読みやすかったです。しかも、2時間以内によみきっちゃうラクさ。

 

おおくの人に見てもらっているブロガーは、やはり見やすいようにかいてるんですね。

 

じぶんも、そういうふうに読む人がラクな文章をかきたいです。

 

 

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