裏切りの身体 「摂食障害」という出口 富澤 治 感想

ども、「つなぎ」です。

この本は、しゃべりかたが、くどい!外国語を翻訳したかのようにくどかったです。

でも、現場で闘っている著者のことばをたくさんきくことができてよかったです。

摂食障害とは、「食べられないこころの病気」ていどしか、知らなかったので、その原因まで知れてよかったです。

 

①摂食障害は、いまの日本なら、だれでも患う可能性ある

 

 

著者の富澤先生は、

 

摂食障害における「終わりなきダイエット」とは、自分自身の存在価値が、意識的には「痩せて続けていること」にしか見出せないために、「痩せることはいいが、どんなにやせていたとしても、少しでも戻る(この「戻る」を患者さんは「肥る」と称する)ことは許されない」ということになる。

摂食障害には行動、症状としては「拒食」と「過食」があたかも反対のもののようにあるが、その根底にある心のあり方としては、自分自身の存在価値が「体重や体型をコントロールして痩せていれば、自分の価値はどこにもない」という意味では同じである。

拒食の状態で客観的には失うものは多いが、それによって自分自身の存在価値を保っているという意味もある。

拒食症の死亡原因の一位は心停止。

とおっしゃっています。

 

「痩せ続けることに、自分の価値を見出す」って

 

たくさんの日本人がそうだと思います。

 

女性雑誌では、必ずダイエットのページがあるし、テレビでもダイエット料理を紹介してますよね。

 

男性でも、多少太めであれば、ディスられる日本では、コンプレックスになっている方が多いです。現に自分がそうです。

 

むしろ、”男性なら、体型のこと言っても、失礼にならない”という風潮があるので、肥っていて悩んでいる日本人男性は、多いと思います。

②あなたも、わたしも、狂っていることを、認めよう

富澤さんは、「おわりに」の章で、こう言っています。

おわりに
医師になった時、自分で自分のことを「全く平均的な、精神的に病的なところのない人間」だと思い込んでいたが、精神分析的な治療に対する価値観が自分の中でどんどん重くなっていき、精神分析の勉強を本格的にするようになってから「自分も相当おかしいんだ」ということを次第に受け入れられるようになった。

私は多くの患者さんと同じように「怒っていた」。自己愛的に傷つき、自己愛的に怒っていた。
「なぜ自分のことを解ってくれないのだ」と。「なぜ自分をないがしろにするのだ」と。客観的には私の周囲の人は、私を大事にしてくれていた。しかし、そのことに私は無自覚だった。

 

一人ひとりが、おかしいこと。そして、そのおかしい方向性も異なること。それを、認めることが、生きやすい日本になる方法だと思いました。

狂った自分を隠し、隠している周りの人たちと一緒に、一部のおかしいことを表明している人をディスるのは、「狂っている自分」を隠し守るためなのでしょう。

 

 

 

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