【書評50】貧困に関する3つのキーワードを押さえよう!




反貧困 著:湯浅誠

おススメ度☆☆☆☆☆

貧困に対処するNPO団体で活動されている著者が書いている本です。

そもそも貧困ってなんだろう?
一部の貧しい人が、生活保護とかもらっているやつかな?

そんなイメージがある人に読んでほしい本です。

3つのキーワードがあります。

”溜め”、”5つの排除”そして、”自己責任論”です。

まず、一つ目の”溜め”というキーワードについてです。

わたしは、この”溜め”という考え方にとても感銘を受けました。

”溜め”とは以下の考え方です。

PP.78
溜めという概念
溜めとは、溜池の「溜め」である。大きな溜池を持っている地域は、多少雨が少なくても慌てることはない。その水は田畑を潤し、作物を育てることができる。

逆に溜池が小さければ、少々日照りが続くだけで田畑が干上がり、深刻なダメージを受ける。このように”溜め”は、外界からの衝撃を吸収してくれるクッション(緩衝材)の役割を果たすとともに、そこからエネルギーを汲みだす諸力の源泉となる。

”溜め”の機能は、さまざまなものに備わっている。たとえば、お金だ。十分なお金(貯金)をもっている人は、たとえ失業しても、その日から食べるに困ることはない。

当面の間そのお金を使って生活できるし、同時に求職活動費用ともなる。落ち着いて、積極的に次の仕事を探すことができる。この時貯金は”溜め”の機能を持っている、と言える。

しかし、わざわざ抽象的な概念を使うのは、それが金銭に限定されないからだ。

有形・無形のさまざまなものが”溜め”の機能を有している。頼れる家族・親族・友人がいるというのは、人間関係の”溜め”である

。また、自分に自信がある、何かをできると思える、自分を大切にできるというのは、精神的な”溜め”である。

私がずっと引っかかっていた、考え方、価値観とぴったり合ってます。

成功する人って、大きな”溜め”があるんですよ。

〇大企業に正社員として働いている人
〇有名大学(高校)に入学する人
〇海外の学校に留学する人
〇起業して成功する人

みんな大きな”溜め”があるんです。

家族が全面的に支援してくれたり、
家族に金銭的な余裕があったり、
有名人やお金持ちと人間関係があったり、
大企業や役所の偉い人と人間関係があったり…。
親戚とか家族にそういう人たちがいるとか…。

まさに、”溜め”の大きさ・深さ=世の中で成功する確率ですね…。

逆に言うと、
”溜め”のない人は、世の中で成功しずらいということです…。

著者の言うとおり、今の日本は、全体的にその”溜め”が無くなってきていると感じます。

PP.207
少なからぬ人たちの”溜め”を奪い続ける社会は、自身の”溜め”をも失った社会である。

アルバイトや派遣社員を「気楽でいいよな」と蔑視する正社員は、厳しく成果を問われ、長時間労働を強いられている。

正社員を「既得権益の上にあぐらをかいている」と非難する非正規社員は、低賃金・不安定労働を強いられている。

人員配置に余裕のない福祉事務所職員とお金に余裕のない生活保護受給者が、お互いを「税金泥棒」と非難しあう。

膨大な報告書作成を課されて目配りの余裕を失った学校教師が子どものいじめを見逃す。

財政難だからと弱者切り捨てを推し進めてきた政党が、主権者の支持を失う。

これらはすべて、組織や社会全体に、”溜め”が失われていることの帰結であり、組織の貧困、社会の貧困の表れに他ならない。

連帯保証人になってくれるような人がいないのも、人間関係の”溜め”がないことから来ています。

pp.130
なぜ貧困状態にある人は、連帯保証人を探すのに苦労するのか。

この問いは「貧困」を単に経済的な「貧乏」と同一視している限り、答えられない。

しかし事実としては、貧困状態にある人たちの多くは、連帯保証人になってくれるような頼れる関係(人間関係の”溜め”)を持ってなかった。

そのため〈もやい〉の発足を準備する過程で、私たちは「人間関係の貧困も貧困問題である」というメッセージを打ち出した。

「貧困」と「貧乏」の違い、「五重の排除」といった発想は、ここから生まれた。

2つ目のキーワードは、5つの排除という考え方です。

”溜め”を持っている人とは逆に、
この5つの排除を社会から受けると
人は追い込まれてしまうということです。

PP.605つの排除

第一に、教育課程からの排除。この背後にはすでに親世代の貧困がある。

第二に、企業福祉からの排除。雇用のネットからはじき出されること、あるいは雇用のネットの上にいるはずなのに(働いているのに)食べていけなくなっている状態を指す。

非正規雇用が典型だが、それは単に低賃金で不安定雇用というだけではない。雇用保険・社会保険に入れてもらえず、失業時の立場も併せて不安定になる。

かつての正社員が享受できていたさまざまな福利厚生(廉価な社員寮・住宅手当・住宅ローン等々)からも排除され、さらには労働組合にも入れず、組合共済からも排除される。その総体を指す。

第三に、家族福祉からの排除。親や子供に頼れないこと。頼れる親を持たないこと。

第四に、公的福祉からの排除。

若い人たちには「まだ働ける」「親に養ってもらえ」、年老いた人たちには「子どもに養ってもらえ」、母子家庭には「別れた夫から養育費をもらえ」「子どもを施設に預けて働け」、
ホームレスには「住所がないと保護できない」——その人が本当に生きていけるかどうかに関係なく、追い返す技法ばかりが洗練されてしまっている生活保護行政の現状がある。

そして、第五に、自分自身からの排除。
何のために生き抜くのか、それに何の意味があるのか、何のために働くのか、そこにどんな意義があるのか。

そうした「あたりまえ」のことが見えなくなってしまう状態を射す。

第一から第四の排除を受け、しかもそれが自己責任論によって「あなたのせい」と片づけられ、さらには本人自身がそれを内面化して「自分のせい」と捉えてしまう場合、
人は自分の尊厳を守れずに、自分を大切に思えない状態にまで追い込まれる。

個人的に、第二の企業福祉は、日本の強みだと思います。
第一の教育福祉、第三の家族福祉は、どの国も持っているものです。
というか人間なら、みんな子供に教育を受けさせたいと思うし、
子どもの支援をしたいと思いますよね。

第四の公的福祉は、北欧やフランスの方が充実しているかと思います。
日本人よりも、生活保護を受けることに抵抗がないので、
生活保護を受給している人が多いし、社会も容認傾向にあります。

そうすると、第二の企業福祉は?となりますね。
第ニの企業福祉は、日本が充実していると思います。
大企業の正社員になれば、福利厚生で、安い社員寮や各種保険(組合健康保険・厚生年金・雇用保険)に入会できます。
社員寮がない場合は、家賃の5~7割を会社が負担する形で、アパートに入居できます。
給料が安い若手のときは、この福利厚生がとても大切です。

新卒一括採用が当たり前で、入社してから育てる文化のある日本の会社だから、
充実した福利厚生があるのです。

それが、近年縮小傾向にあるのが、日本の会社に余裕がなくなってきた証拠です。

上記の5つの排除は、頭に隅っこに入れておくといいかと思います。

3つ目最後に、キーワードになるのが、自己責任論です。

私は、フランスと比べて、日本は、自己責任論がとても権威を持っていると感じます。

どんな悪いことに遭遇しても、明らかに他に原因があることでも、
一部の責任を、喧嘩両成敗と言わんばかりに、被害者に押し付ける傾向があるからです。

一方の人間が100%悪くても、
もう片方の人間に10~20%の責任を押し付ける、それが日本社会に現存していると思います。

貧困に際しても、貧しくなった状況は、本人が悪いと言わんばかりに、
追いつめる状況があると思います。

著者も、多くの人が相談できない日本社会の状況を、
自己責任論の弊害だと言っています。

PP.132
どうしてもっと早く相談しなかったのか、と言うのは簡単だ。

しかし、ほとんどの人が自己責任論を内面化してしまっているので、生活が厳しくても「人の世話になってはいけない。

なんとか自分でがんばらなければいけない」と思い込み、相談メールにあるような状態までSOSを発信してこない。

彼/彼女らは、よく言われるように「自助努力が足りない」のではなく、自助努力にしがみつきすぎたのだ。

自助努力をしても結果が出ないことはあるのだから、過度の自助努力とそれを求める世間一般の無言の圧力がこうした結果をもたらすことは、いわば理の当然である。

自己責任論の弊害は、貧困を生み出すだけでなく、貧困当事者本人を呪縛し、問題解決から遠ざける点にある。

正直、とても考えさせられる内容です。

おすすめです。

以上です。

もっと生きやすく。

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