【書評52】歴史教育と歴史観の刷り込みは区別しないとね。




不勉強が身にしみる~学力・思考力・社会力とは何か~ (光文社新書)

おススメ度☆☆☆

歯科医でありながら、執筆稼働も行っている長山先生の本です。

主なテーマは、「若者の学力低下」「歴史教育」の2つです。

【内容】
1.若者の学力低下
2.歴史教育

1.若者の学力低下

2005年12月初版発行ということもあり、
若者の学力低下への危惧についてたくさん書かれています。

そもそも、ゆとり教育自体が、あいまいなものであったこと。

自主自立をベースにした教育改革だったので、
勉強なんて自主的にやらない9割の子どもについて、
考えてない(想定してない)改革だったとのこと。

結局、ゆとり教育は、
「勝ち組」と呼ばれるお金持ちだけが、得をする改革になってしまったと
著者は言っています。

PP.15
新しい制度に素早く対応できるのは、情報収集力に長け

即応できる経済的ゆとりのある人だけだ。「負け組」の人間は目まぐるしく変わる制度に翻弄されて、

どんどん水をあけられていく仕組みになっている。

PP.20
二十世紀初頭の社会進化論者たちは「いつかは貧者はいなくなる」と考えていたが、

その理由は「彼らは淘汰され、消えていくから」であった。

そう考えると、競争社会というのは緩慢なアウシュヴィッツのようなもの(「勝ち組」のなかでもごく一部の世界的トップだけが、アウシュヴィッツの管理人であろうか)だが、

それが世の中というものなのだ。

PP.29
もちろん、本当の意味できちんと受験勉強をがんばった人たちは、制度的に強要され、かつ一定の枠内に収まった勉強の範囲を超えて、

まさにその機会を通して、真に学ぶことの必要性と喜びを獲得しているのだろう。

そういう人は、リバウンドして性格が歪んだりはしないものだ。それこそが本当のエリートである。

2.歴史教育について

著者は、また歴史教育についても、進言しています。
歴史教育に、歴史観を植え付けてはいけないと言っています。

(できるだけ)正確な歴史を、善悪の判断を付けず教えること

自分の国を正当化する歴史観を教える(洗脳する)こと

は区別しないといけないと言っています。

わたしも確かにそうだよな~と感じます。

とくに「従軍慰安婦」に関する隣国の教育は、
正確な歴史を教えることと、自国の歴史観を教えることを
混同しているように感じます。

以下の著者の主張は、頭を立に振らざるを得ません。

PP.140
「従軍慰安婦」にしてもそうで、

これを載せている教科書が「進歩的」で、
載せないのは「保守反動」というイデオロギーは、
何故の「正しい」と言い切れるのか。

そもそも「従軍慰安婦」を問題にするのなら、

外国人だけではなく、日本人のそれも取り上げるべきだが、
そういう要求はあまり聞かない。

これは差別ではないのか。

太平洋戦争以外の戦争での「従軍慰安婦」はどうして問題にしないのか。

日清、日露でも慰安婦はいた。

戦国時代だった遊女はいたし、陣中に呼ばれる「従軍慰安婦」もいただろう。

海外の戦争もしかりで、ナポレオン軍の遠征には料理人も洋服やも娼婦も共に行軍した。

元寇の際には元・高麗連合軍は、日本人女性の鼻を殺ぎ、耳に穴をあけ、
そこに紐を通して数珠繋ぎにし、奴隷として連れ去った。

南蛮貿易で訪れた西洋人も東洋人を奴隷売買の対象とした。

これらのことを歴史教科書に載せることは、なぜ「必須」とされないのか。

あるものを「載せない」というのは、不徹底だし、「作為的」なのではないか。

そう。
歴史を記述する行為は「選択」であり、故に常に「作為的」なのである。

後半より前半部分の方が、本の主題に近いので、
前半部分がおすすめです。

以上です。

もっと生きやすく。

SPONSORED LINK

カテゴリー

アーカイブ

シェアしていただけるとうれしいです!