【書評58】心の処方箋の意味は、人生の処方箋ということ。




目次

1:本の内容

こころの処方箋 (新潮文庫) おススメ度☆☆☆☆☆☆☆

これはもう超絶おススメです。

人生の教科書です。

著者が人生において心構えを話しています

人生で行き詰った時に、この本を読めば、

解決策が見えてきます。

それぐらい、熱く厚く優しい本です。

人生の処方箋となる本です。

特に高校生~20代に読んでほしいですね。

2:説教はダメ

会社にいると説教好きのオジサンが必ず1人いますよね。

著者によると、説教は中毒性があり、効果もない為、よくないそうです。

PP79
平素の自分の行為の方は棚上げしておいて、

「よいこと」を話していると、

いかにも自分が素晴らしい人間であるかのような錯覚も起こってくるので、なかなか止められない。

PP80
上司は上司なりに欲求不満がたまってくると、そのはけ口として部下に説教をする、

というのが実情ではなかろうか。

PP81
説教する側としては、説教はしないにこしたことはないわけだから、

自分の精神衛生を上手に保つことがまず大切であろう。

精神衛生がうまく保たれていると説教する気などあまり起こらないものである。

3:努力教・我慢教はやめましょう。

日本社会にはびこる努力バンザイ\(^o^)/教
我慢バンザイ\(^o^)/教を一刀両断しています。

まず、努力教について。

21.ものごとは努力によって解決しない。

PP91
私は来談される沢山の人たちのお話を聴いていて、

人間が自分の努力によって、何でも解決できると考えるほうがおかしいのではないか、

と思い始めた。

PP92
「努力によってものごとは解決する」と単純に考える人は、

「解決」の方に早く目がゆきすぎて、努力に腰がはいらないのである。

PP93
解決などというのは、しょせん、あちらからくるものだから、

そんなことを「目標」にせずに、

せいぜい努力でもさせて頂くというのがいいようである。

努力どうにかなることって限られてますよね。

たとえば、中学生が今から一年以内に2億円稼いで、サラリーマンにならないで、
一生遊んで暮らす!って頑張っても、無理です。

高校生が、嫌いな部活の顧問の先生がいて悩んでいても、
どうしようもありません。

好きになるよう努力しろって言ったって、嫌いなものは嫌いだし、
その顧問の先生とかかわる時は、無心で接しろと言っても、
問題は解決しません。

その嫌いな顧問の先生と接することは、ストレスになります。

ストレスは、ストレスです。

解決策としては、その学校を卒業するまで待つしかありません。

部活をやめることが一番の解決策ですが、

努力教が蔓延している日本では、なかなか部活を途中でやめにくいのではないでしょうか。

次に、我慢教。

これは、スポーツや仕事で多いのではないでしょうか。

日本人スポーツ選手にありがちなオーバートレーニング症候群や、
過度なトレーニングによる故障や、成長の阻害は、

思ったよりも多くあると思います。

北朝鮮の実技団を見て、奇妙だと感じることがあるかと思いますが、

欧米の方も、日本のスポーツや会社を見て、

似た感情を抱くのではないでしょうか。

日本の伝統的な会社なんて、下記①~④の4連コンボで、我慢教が蔓延してますよね。

①毎日定時まで我慢すれば、毎月給料がもらえる。
②ボーナス月まで我慢すれば、ボーナスがもらえる。
③年数を重ねれば、給料が上がる。
④2~3年我慢すれば、嫌いな先輩・上司は異動していなくなる。

個人の仕事パフォーマンスも上がらないし、

部署全体のパフォーマンスも上がらないし、

雰囲気悪いし、精神衛生的にもよくありません。

我慢教は早くなくなればいいのになと思います。

26.「耐える」だけが精神力ではない
PP..110
会社などで、「精神力」を強調する上司は、部下に「耐える」ことのみを要求しているのが多いのではなかろうか。

部下を鍛えるというとき、その考え方を豊かにするとか、自由な行動性を身につけるなどというのではなく、「耐える」ことを第一目標としていないだろうか。

できることを上手に教えてゆくのではなく、不可能なことを要求したり、長時間にわたる仕事を要求したりして、それに耐えることを学ばせようとする。

しかし、既に述べたように、その方法こそは、本来の意味における「精神」のはたらきを貧困にし、没個性的にすることにつながっていないだろうか。

以上のようなことは少し考えるだけでもわかることだが、

それにもかかわらず、忍耐力イコール精神力という図式が、なかなか消えないのはどうしてだろうか。

まず第一に、それは免罪符として使用されやすいことである。

「われわれはこれほどの苦しさに耐えてやってきた」という言いわけを、負けたときに言いやすいのである。

日本のスポーツマンの練習時間が長いことの、ひとつの理由である、と思われる。

次に、耐えることのみに重点をおくとき、それは指導者にとって好都合なのである。

彼は自分を鍛える側に置いて、ひたすら選手を耐えさせるとよい。

それは選手の個性をつぶすことになり、没個性的な選手を集団として統率することを容易にする。

このような集団は確かにまとまりはよいかもしれないが、

新しい場面に対応したり、個性的な打開策を打ち出したりすることには劣ることになる。

PP.113
もう一度くり返すが、単にスポーツのこととしてではなく、

人生全般にわたる生き方として、

そろそろ日本人は、耐える精神力というワンパターンを破るために、

新しい精神力を養う必要があると思われるのである。

4:人間は自立できない。常に依存している。

22.自立は依存によって裏付けている。
pp..95
自立ということを依存と反対である、と単純に考え、

依存をなくしてゆくことによって自立を達成しようとするのは、間違ったやり方である。

自立は十分な依存の裏打ちがあってこそ、そこから生まれでてくるものである。

pp..96
自立と言っても、それは依存のないことを意味しない。

そもそも人間はだれかに依存せずに生きてゆくことなどできないのだ。

自立というのは、依存を排除することではなく、

必要な依存を受けいれ、自分がどれほど依存しているかを自覚し、
感謝していることではなかろうか。

依存を排して自立を急ぐ人は、自立ではなく孤立になってしまう。

日本では、よくフランス人女性は自立していると言われます。

わたしは、そう思いません。

フランス人女性も日本人女性・日本人男性と同じ人間です。

文化的な背景から、フランス人女性が自立しているかのように見えるだけです。

フランスでは、男性が女性に対しても、「男女平等」の名の下、
容赦なく、競争をしかけます。

学校でも会社でも「女性だから」という日本社会的な治外法権・特別扱いは存在しません。

当然セクハラとされる言動も多くあります。
日本より多いです。

そのため、フランス人女性は、男性に負けないように、間違っても舐められないように、

強そうに見せるわけです。

「わたしはパーフェクトヒューマンで、強いのよ」と。

かわいい文化の日本とは違いますね。

実際、彼女らと接していると全然自立してません。

日本人女性のほうが、よっぽど自立しているように見えます。

フランス人女性は、
彼氏や親友や親・兄弟姉妹に
驚くほど依存しているのです。

フランス人女性は、日本人女性には考えられないほど依存しているからこそ、
自立しているように見えるのです。

5:逃げの大切さ

先ほどの努力教・我慢教の話と似ています。

私たちの周りには、とにかく自分の力ではどうしようもないことが
あふれています。

そのままそこにいたら、おかしくなってしまうような環境も至る所にあります。

だから、逃げましょう。

逃げると、何もかも失った気分になりますが、

逃げた先で、別の新しいものを手に入れることができます。

PP.140
この社会に生きてゆくためには「逃げの極意」を知っておくことが必要と思われる。

商取引きにしても、「ここは逃げる」と決めたとき、うろうろとしないことが肝心だ。

さっと手を引けばいいものを、ひょっとして儲かるかとしれないという気持が生じてきて、

逃げる機会を失うと大損害につなってしまう。

どちらに判断するかではなく、できるだけ早く決断して、逃げると決めれば徹底して逃げる。

逃げないのだったら逃げないでやり抜く。

いずれにしてもそれ相応の覚悟が必要である。

覚悟をきめずにうろうろしていると、いずれにしろ損害をこうむることになってしまう。

心の処方箋は、とにかくおススメです!

以上です。

もっと生きやすく。

画像引用元:Mystic Art DesignによるPixabayからの画像

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